第 2834 号2003.05.18
「 「月下の一群」の夜 」
村上 文子(板橋区)
先日の午前零時すぎ、目が冴えて眠れずにいた私は、いっそ起きてお茶でも飲もう、と台所にいった。
お湯を沸かすあいだ、あたりが静かでさみしいのでラジオをつけてみると(皆居間でTVをみて楽しそうなのに、炊事をしている自分はつまらないからと母が置いていた)、どこかの局からアナウンサーだろうか、柔らかなのに良くとおる女性の声が流れてきた。
詩の朗読をしているらしいのでそのまま耳を傾けていると、
「――続きまして、次は堀口大学の訳詩集“月下の一群”からです。堀内大学は……」
と聞こえてきた、そのとたん
頭がくらくらした。
おおげさでなく、体がしびれるようだった。
「月下の一群」なんと美しい響きだろう!
「月下の一群」といえば日本の近代文学史でも堀口大学の代表作として挙げられる有名な訳詩集だ。なかにコクトーやランボーの名訳がはいっていて、私も学校の授業で習った覚えがある。
が、この日偶然ラジオで耳にするまでそのタイトルや稀有な美しさが実感としてわからなかった。よく絵本やアニメなどで魔法使いが魔法の杖をふるうと残像として銀色の点々が描かれるが、同じような銀色の粉が「月下の一群」という言葉から振り撒かれた気がした。
私は深夜の台所でしばらくぼうっとしてしまった。
そして、例えば、心ない言葉や悪口、罵詈雑言で人を傷つけたりショックを与えたりするのでなく、その美しさで人を打ちのめすことができる力をもつ言葉もあるのだと思った。